Coyote vs Loadbalancer

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2019/04/09

隣の芝生は青く見えるとはよく言ったもので、どんなお仕事や世界にも楽そうで幸せそうに見えても、それなりの苦労があるわけで、苦労が一切ない環境というのは存在しないと思う。
もっと長く寝たいのに、朝早くから東京メトロに揺られて出勤しながらゲームの世界に行きたいなぁと思ったが、この理由でやはり向こうは向こうでまた別の苦労があるのだろうなぁと思ってしまった。

ゲームを介して見えるのは向こうの世界での生活の一部分なわけで、その世界に国や企業が存在し、それらから福祉や利益を享受するとなれば、それらの存続のためにゲームに描写されていない税金や勤労の義務が発生しているのだろう。となれば、さほど今の世界と変わらないのかもしれない。でも好きな人と暮らせれるのであれば良いのかもしれない。結局、地獄の沙汰も"人の気持ち"次第なのだろうか。

ちなみに、一定年数以上働いたのちに国からの年金やらで老後が自由に暮らせれる的な旧ソ連的なやつもあるが、基本的に社会主義国にありがちなアレなので、本当に自由なのかが疑わしいと思う。資本主義社会で若いうちから自分で運用していって老後に備えておいたほうが、本当に老後に自由に暮らせられると思うが。

自分のファーストステップ的ななにかが出たが、希望通りではなかったがまあ仕方がない。必ずしも希望通りになるとは限らないと言われていたし、自分のスキル的に不安もあったのでまぁいいのかもしれない。とは言っても、やはり少しがっかりした気持ちはある。
でも、どこの場所でも自分なりに頑張るしかないとは思うので、心を病まない程度に頑張りたいと思う。真白ちゃんから学んだ、努力を楽しむ気持ちを忘れずにやっていきたいなと思う。

結局のところ、この次元と世界線で自分が本当にやりたいことがなんなのかがわからない。自分はどうしたいんだろうか。少なくとも、退勤中にバスに揺られながら、吉田拓郎の「気持ちだよ」を聴きながらこんなわけのわからない文章を書くという行為は自分が本当にしたいことではないとは思う。ましろうどんで嫁さんの真白ちゃんと一緒に働く、ということは本当に自分がやりたいことだと自信を持って言えるのだが。いかんせん、この次元では実現できないのが痛いところだ。早くシンギュラリティが起きてほしい。