Coyote vs Loadbalancer

The Blog for the Rest of Us

2018/07/31

お仕事をした。

先々週にあったことが未だに心に引っかかっていて、方針が完全に誤っている話を聞いていても「ああ、自分が『そのやり方だと失敗してしまうから、こうした方がいいですよ』と言っても、この人達は『なんだかんだ言ってるけど、ようは君はこれをやりたくねーってことなんでしょ?』と思っているんだな」と思ってしまって、そのまま何も言わないという状態になっている。実際に、今回の話もそう思われているのかどうかは定かではないけれども、先々週あったとあることを踏まえると、結局そう思われているんだなと判断せざるを得ない状態になっている。で、これ結局やるのは自分なので、賽の河原感がある。まぁ、賃金が発生するし失敗しても、その人達はその手法が駄目ということがわかって満足するので、無駄なことをしているという自分の精神がやられる以外には何も問題は発生していないのでいいのだけれども。
でも、まぁなんというか、仮に相手方がそう言っていたとしても、それを聞いた人が自分に悪意のある言い方をしながら伝える必要があったのかと非常に疑問に思う。世の中には様々な人がいて、某所が大好きな言葉で言うところの「ダイバーシティ」なのだなと思った。

ここ数日、世間の小中高校生は夏休みなのだなぁと朝移動しながら思う。 それから、自分にはもうないのだなと思って少しだけ悲しくなる。まぁ、かといって自分の過去を振り返っても何か青春の記憶が返ってくるかというと、NoneかNilかNullが返ってきてしまうのでNullPointerExceptionです(いろんな言語を混ぜるな)。あとはすっかり俗物になってしまったので、いま中学生の夏休みに戻れるのであればハイエンドGPUを買って実家の電気代でビットコインマイニングをしたいと思ってしまうので、青春は無理そうだ。

青春、で思い出したが、実のところを言うと自分はもう中高の校舎をほぼ思い出せないでいる。理由としては、普通に卒業してから近くに行くことがないというのもあるし、いい思い出がないというのもありそう。頑張って思い出そうとすると、ほら下部にメッセージウインドウとQuick SaveやらQuick Loadの文字が見えてしまう。どっちかというと、メッセージウインドウがある校舎の方が楽しい思い出が多いのでそっちの方がいいのかもしれない。どっちにしろ、特に母校というものに思い入れはないので、どうでもよいのだけれども。そんなでも、大学にはそれなりに思い入れはあるので、大学は良かったのかもしれない。